「すきま時間」情報

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    カテゴリ: ネット



    NO.6486668
    女児型セックスロボットは社会の敵
    女児型セックスロボットは社会の敵
    <女児のセックスロボットと交わるうち、倫理観が曖昧になり本物の子供に手を出したくなる危険は見逃せない>

    女児型セックスロボットは「大人と子供のセックスは普通という勘違いの元になる」として、米議会が輸..



    【日時】2018年06月15日 19:00
    【ソース】Newsweek


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    NO.4405224
    地下鉄で日本人が寝ている凄い!と海外で話題に
    地下鉄で日本人が寝ている凄い!と海外で話題に
    あまり地下鉄で寝そべることはないかと思いますが、割と山手線の終電近くになるとよく見かける光景ではある日本の風物詩ですね。

    しかもあたりまえのように見かけるので周囲は特に気にする必要はなく、おそらく車掌が最後に「お客さんお客さん!」と起こすのでしょう・・・。

    ホワーイ!ジャパニーズピーポー!何で地下鉄で寝れるんですか!家なんですか!地下鉄の中で寝ているサラリーマン。

    日本では良く見かける光景だ。

    中には飲み会の帰りか泥酔して、リバースしている光景に遭遇なんてことも何度か経験した。

    これらすべて日本ではよくあること。

    というより、日本でしか起こり得ない事のようだ。

    なぜなら、海外で日本人のように泥酔して地下鉄で寝ていたら起きた時には、財布どころか、衣類がすべてなくなっているなんてこともザラにありえる。

    つまり日本は治安がそれだけ良く、車内で安心して寝ていることが出来る珍しい国なのだ。

    ましてやソーシャルネットワークが全盛期の今、地下鉄でスリなどしたら、通報なう!なんてことになりかねない。

    さて、こんな地下鉄で寝ると言う不思議な光景を目にした海外の人々が驚きのコメントを寄せているので見ていただきたい。

    海外の反応

    ・こりゃ日本人しかできねえ。

    ・日本人の写真はいつも顔がぼけている

    ・北京でもこれを見たことがある

    ・これ韓国じゃね?確信できる

    ・ソウルでもみたことがある

    ・なにこれ凄い快適そうじゃん

    ・どんなに疲れていても寝るのはできんわ

    ・彼がどいた後のシートの湿り気が気になるわ。

    ・日本の電車には魔法があります。何か、こう眠気を誘う何かが。

    ちなみに、海外の地下鉄では運が悪ければこんな非常事態に遭遇してしまいます生きて帰れる気がしません。

    【日時】2015年12月05日 16:25
    【提供】秒刊SUNDAY


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    (出典 tk.ismcdn.jp)



    1 サーバル ★ :2018/06/07(木) 11:18:20.94

    グーグルが握っているあなたの「個人情報」
    情報量はフェイスブックよりずっと多い

    (略)

    聞いたことのないファイルに収められている

    <3>気味の悪い拡張子

    グーグルからダウンロードしたファイルの多くは、開くのも読み込むのも難しい奇妙なフォーマットだった。たとえば、グーグル・マップのロケーション履歴(GPS座標と時間情報)は、「.JSON」という聞いたこともない拡張子のファイルに収められていた。

    グーグルの説明によると、「グーグル・テイクアウト」は、ユーザーが自分のデータを削除すると同時に、別のシステムで活用しやすいフォーマットになっている。.JSONのような拡張子のファイルは、そのデータをほかのアプリやツールで使えるようにした一般的なフォーマットなのだという。

    納得のいく説明だが、ユーザー自身が理解しやすいフォーマットにすることも重要ではないのか。


    (全文読みたい人はソースで)
    https://toyokeizai.net/articles/amp/223696?page=3


    【【東洋経済】Googleの個人情報、「「.JSON」という聞いたこともない拡張子に入っていた。気味の悪い拡張子」】の続きを読む



    NO.6438519
    7人に1人が生活に苦しむ?経済大国・日本の「貧困」の実態
    7人に1人が生活に苦しむ?経済大国・日本の「貧困」の実態
    厚生労働省の国民生活基礎調査によると、日本は米国、中国に次ぐ世界第3位の経済大国でありながら、7人に1人が貧困にあえぎ、母と子のひとり親世帯では半数以上が貧困に苦しむ。

    日本は先進国の中で、「貧困率」..



    【日時】2018年05月30日
    【ソース】東洋経済オンライン


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    テレビはもはや"ネット文化の一部"である | ニコニコニュース



    社会で起きている事象の多くが、ネット上で最初に可視化されるという時代に突入した。このためテレビでは、独自のコンテンツをつくらず、ネット上の「ネタ」を集めた番組が増えている。慶應義塾大学政策・メディア研究科特別招聘教授の夏野剛氏は「テレビはすでに、壮大なネット文化の中の一部として取り込まれてしまったのかもしれない」という。今後、テレビはどうなるのか――。

    ※本稿は、夏野剛『誰がテレビを殺すのか』(角川新書)の一部を編集部で再編集したものです。

    ■ネット情報がテレビの先を行く時代

    ネットが人々の生活の隅々にまで浸透した結果、社会の動きとネット上で騒がれていることが完全に一致する状況がかなり一般化してきています。社会で起きている事象の多くが、ネット上で最初に可視化されるという時代に突入したのです。

    例えば、流行や最新ファッションの伝播(でんぱ)は、インスタグラムなどの会員制交流サイト(SNS)から生まれ、それによって世界的なトレンドになったりします。また、おいしいレストランに行きたいときも、ネットを見れば実際に行ったことのある人の報告が投稿されているので、リアルな行動に基づいた情報を仕入れることが可能です。

    ネットが誕生する前までは、こうした情報はテレビ局があちこちを歩き回りながら一生懸命探っていました。その情報を番組の中で紹介し、世の中の多くの人たちが知るというサイクルだったのです。ところが今や、個人によってネット上で明かされる情報が先を行き、テレビは完全に後追いをしています。

    玉石混交とはいえ、ネット上の情報が豊富になってくると、テレビの制作側はネット上で懸命にネタ探しを始めます。ただし、ネットからネタを集める際には注意を払わなくてはいけません。制作側がネット素材を集めて安易な方法で番組を作ったりすると、ネタ元がすぐにバレてネガティブフィードバックが起こり、「炎上」を誘発することがあるからです。

    一方で、ネット発のネタからポジティブフィードバックが起きることもあります。例えば、スーザン・ボイルやポール・ポッツのように、これまではチャンスに恵まれずに世間に埋もれていた才能が発掘され、メジャーデビューを果たして世界的な人気歌手になるケースも生まれるのです。

    テレビとネットはとかく反目し合うライバルのように言われることが多いのですが、実は共依存の関係になっている部分も多々あります。踏み込んだ発言をすると、テレビはすでに、壮大なネット文化の中の一部として取り込まれてしまったのかもしれません。

    50代までの人たちは、こうした感覚に触れながらテレビとネットの両方を見ているので「テレビはもはやネット文化の一部」という考え方もすんなり理解できます。しかし、テレビのメイン視聴者である60代以上の人たちの大半はそうした感覚を持ち合わせていないため、テレビ制作者側は視聴者がネット利用者であることを前提としたコンテンツづくりを実行することができません。

    討論番組を例にしてみましょう。ネットを日常的に利用している視聴者であれば、討論テーマに関連する統計データや調査結果などはネットで事前に調べられます。視聴者が事前にネットで情報を入手しているという前提で番組を作ることができれば、討論番組をより深く、濃い内容のものにできるはずです。ところが、ネット上で得られる情報とは切り離されている視聴者に向けて番組を作らなくてはならないため、討論は常に初歩段階からスタートさせなくてはならず、深い議論にまで展開させることはできません。

    ネットを使わない60代、70代の人たちは、平均寿命からするとあと20年くらいは健在だと思われます。したがって、テレビはこれからも彼らを意識したコンテンツづくりを続けなくてはならないでしょう。

    ■「敵対」から「共存」への移行

    ネットの存在が大きくなるにつれて、ネットの広告費が右肩上がりに増え続け、テレビの広告費が著しく減少するという傾向がしばらく続いてきました。ところが今、テレビの広告費は年間1兆7000億円ほどで下げ止まり、均衡状態を保っています。

    ネットの広告費に関して言うと、現在1兆円超の規模にまで膨れ上がり、すでにテレビの広告費に次ぐ規模になっていますが、それよりもテレビの広告費の減少に歯止めがかかった点に注目すべきです。苦境に立たされていたテレビ業界ですが、ここに来てようやく一息つける安定的なポジションを確保できたのかもしれません。

    今から10年ほど前、テレビ関係者はネットに対してものすごい警戒感を抱いていました。特にYouTubeやニコニコ動画に向ける敵対心は強く、テレビで放送された番組がアップされるのを必死で阻止したり、訴訟を起こすなど、過敏な姿勢を見せていたのです。ところが今や、そうした態度はすっかり消えうせてしまいました。それどころか、むしろ積極的にネットを利用して番組を作るようになっているのです。この共存関係はここ10年でより明確になっています。

    私が、ニコニコ動画を運営するドワンゴの取締役に就任したのは2008年です。就任後に私が始めたのは、在京キー局に向けてニコニコチャンネル上に公式チャンネルを作ってくれるようにお願いすることでした。すると、まずはフジテレビとNHKがチャンネルを作ってくれ、他のキー局もあとに続いてくれました。潮目が変わったのは、ちょうどこのころだったのかもしれません。それ以降、ネットとテレビの共存関係は続いています。

    テレビ側がさらに生き残りをかけるのであれば、今以上に踏み込んだ決断をし、お互いにウィンウィンとなる関係をネット側と築く努力をする必要があります。その動きの一つはテレビ朝日が踏み切ったAbemaTVでしょう。テレビと同じようなクオリティとコストをかけたネット、あえて言えばスマホ専用テレビ。それをキー局であるテレビ朝日がネット企業であるサイバーエージェントと率先して作っていく、という構図は放送業界を震撼(しんかん)させました。

    ■制作予算でテレビ局を凌駕する新興勢力

    ネットの勢いがこれほどおさまらない理由の一つは、ネットフリックスのような新しいメディアが登場しているからです。この新メディアの強みは、ネット的でもなく、テレビ的でもないところと言っていいでしょう。「ネット的でもなく、テレビ的でもない」と表現したのは、彼らが作っているコンテンツはテレビ(もしくは映画)そのものなのに、それらをネット上で流しているためです。

    放送と通信の融合は、本来であればテレビ局が進んで模索すべき道です。ところが、一向にそうした動きは見られずに、気が付いたらネットフリックスのような存在が突如現れ、テレビ局のようにドラマやドキュメンタリーを作り始めるようになっています。ネットフリックスについて言うと、彼らがコンテンツに費やせる予算はすでにテレビの規模を超越しており、今後もいいコンテンツを作り続けていくことでしょう。そうなると、テレビの存在はますますシュリンクしていきます。

    この流れが世界的な潮流ともなっているので、逆らうのはかなり難しいでしょう。長期的には、やはりテレビ局はなくなる運命にあると私は考えています。

    ■コンテンツ制作集団への脱皮が生き残りへの道

    ただし、コンテンツを作り、それを商品として売るというビジネスは必ず残ります。テレビ局が今も行っているコンテンツ作りという仕事はなくならないのです。これから先、テレビ局に求められるのは、「テレビ局」という名称を捨て、エンターテインメント制作集団、もしくはコンテンツ制作集団への脱皮を視野に入れることでしょう。自らが制作したものを発表する場は、地上波だけに限定するのではなく、ネット、映画など、幅広い範囲に設定すべきです。そういう形にしないと「コンテンツ制作者」としての未来も完全に失ってしまうかもしれません。

    現在のテレビ局がなくなる運命にあっても、放送波としての地上波は残ります。ニュースやオリンピックなどの人気コンテンツは、地上波で流しても常に需要はあります。ただし、それらのコンテンツを流すだけで、採算を合わせることができるかどうかはわかりません。

    やはり、発表する場や制作手段を問わずにコンテンツを作り、それをいろいろな形にリフォーマットして提供していく制作集団になるしか生き残る道はないのです。残念ながら、現状を見る限り、そうした動きは本格的にはまだ出てきていません。

    発表する場や制作手段にこだわらないという点では、KADOKAWAは一つの見本と言っていいでしょう。元々は書籍だけを出版していましたが、そのうちに映画制作から始まって、ライトノベル、コミックなども出し、アウトプットのパターンをどんどん増やしてきました。さらにはネット上で電子ブックも配信しています。

    その結果、出版だけにこだわらなかったKADOKAWAだけは、出版不況と言われる中、縮小傾向にある小学館や集英社、講談社を押しのけて、売上高で横ばい状態を維持できています。自分たちの価値は、紙の本を出版するという手段にあるのではなく、コンテンツ制作にあるということに1日でも早く気付き、それだけでなく実際に変化を遂げていく必要があるのです。

    ■番組フォーマットの流用で見える危機意識の欠如

    いち早く変化を遂げなくてはいけないのは、すでに触れたようにテレビ局にも言えることです。さまざまなコンテンツをテレビという機械でリアルタイムで見ることに、もはや価値はありません。重要なのは、そのコンテンツが面白いかどうかだけなのです。タブレットで見るのか、パソコンの画面で見るのかは、視聴者が勝手に選んでくれます。

    ところが、テレビ局側の姿勢はなかなか変わっていきません。例えば、先日日本のテレビ局が制作したドラマをネットサービスで見始めたのですが、とにかく見ていてストレスがたまってきます。

    最初にイライラするのは、毎回、話の冒頭で前回の振り返りを数分間見せられることです。オンデマンドで公開する際には、あれを編集でカットすべきでしょう。地上波で1週間に1話ずつ見ている場合は前週までのストーリーサマリーはいいかもしれません。しかし、オンデマンドで見るときは連続して視聴する場合が多く、そうすると「さっきこのシーン見たばかりだよ」と文句を言いたくなるのです。また、オンデマンドではCMがカットされているのですが、CMを挟んだ直後の場面では、話をつなげるためにCM前の映像を10秒ほど見せられます。これにもイライラさせられるのです。

    この状況を見てもわかるように、どのコンテンツも地上波専用に作ったという意識を丸出しにしています。有料サービスにもかかわらず、細かいところに気を配っていないのです。アメリカも昔はそうでした。ところが今では、ネットで流す場合はしっかりとリフォーマットしてコンテンツを流しています。簡単な編集作業を行うことでこうした点は改善されるのに、日本ではそれを怠っているのです。こうした点に触れるにつけ、危機意識のなさが垣間見えてきます。

    ■「お茶の間でテレビ」はもうなくなる

    今やどのテレビ局もネット上でオンデマンドの有料サービスを提供するようになりました。ラインナップを見ると、自局で制作したドラマやバラエティを配信すると同時に、それ以外のコンテンツも数多く配信しています。最終的にはその方向に進まないと生き残れないのですから、そちらにいち早く力を注ぎ、コンテンツ制作集団への変貌を図るべきです。

    2050年までには、テレビ受像機でコンテンツを見る人がいなくなると私は考えています。4Kや8Kの時代が来ると言われていますが、家庭用のテレビではその効果を実感することはできません。自宅のお茶の間にテレビが置かれ、放送時間になったら家族みんなで同じ番組を見るという光景は将来的には失われていくでしょう。

    こうした時代の変化に対応し、番組の作り方、編集の仕方を今から改めていかないと、この先絶対に生き残ることはできないと思うのです。

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    夏野 剛(なつの・たけし)
    慶應義塾大学政策・メディア研究科特別招聘教授
    1965年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、東京ガス入社。95年ペンシルベニア大学経営大学院卒業。97年NTTドコモ入社。iモードの立ち上げに関わる。現在はドワンゴなど複数の取締役を兼任。『自分イノベーション』(総合法令出版)『「当たり前」の戦略思考』(扶桑社)など著書多数。

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    テレビは今や、社会の隅々まで浸透したネット文化の一部だ(写真はイメージです。写真=iStock.com/Manuel-F-O)


    (出典 news.nicovideo.jp)

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