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    カテゴリ: 話題



    1 樽悶 ★ :2018/08/16(木) 02:38:38.62

    ※総踊りスレ

    (出典 amd.c.yimg.jp)


     1945年の太平洋戦争終結から、平成最後の夏となるこの8月で、73年を経た。現在でも残る疑問のひとつは、明らかな国力差にも関わらず、なぜ当時の指導者層が日米戦に踏み切ったかだ。陸軍の暴走に政府、海軍、宮中、さらに世論までが引きずられていったかのようにも映る。しかし早期開戦を主張し続けたのは、実は海軍主流派だった。

    大臣・総長・司令長官を歴任したエリート

     森山優・静岡県立大教授は「昭和史講義 軍人編」(ちくま新書)の中で、海軍主流派の行動は「それなりに論理的整合性が高い」と分析する。それがなぜ「全海軍を失う結果」(森山教授)に終わったのか。海軍の挫折は、急変する経営環境に対応していかなければならない現代企業にも、多くの教訓を与えてくれそうだ。

     真珠湾攻撃の山本五十六・連合艦隊司令長官や終戦時の米内光政海相に比べ知名度は劣るものの、海軍で主流派中の主流といえば永野修身(1880~1947)軍令部総長の右に出る軍人はいない。海軍における最高ポストは軍令部総長(統帥)、海軍大臣(軍政)、連合艦隊司令長官(艦隊)の3つ。森山教授は「70年を越える海軍の歴史で3ポストを歴任したのは永野だけ」と指摘する。昭和期に皇族を除いて唯一、生前に元帥にまで昇進したエリート中のエリートだ。

     屈託がなくて侠気があり、秀才型官僚軍人とは一線を画していたという。頭脳明晰(めいせき)で「自称天才居士」と言われるほどの自信家でもあった。海軍兵学校長時代には改革派として「従来の一方通行の暗記型から自学自習を旨とする米国流のダルトン・プランを導入した」(森山教授)。その永野が41年4月に軍令部総長に就任すると、海軍中堅層とともに対米開戦派の中核となった。

     当時の第2次近衛文麿内閣は37年から始まった日中戦争が長期化し、中国に同情的な米国との関係も悪化していた。41年6月には独ソ戦が開始。7月には第3次近衛内閣を発足させて対米関係の改善に取り組むが、同月の仏領インドシナ南部進駐が米国の反発を呼び、8月の全面禁輸を招いてしまった。森山氏は「「米国の大きな反発はないと思って進駐を進めた陸海軍の軍人のほとんどが、米国の強硬姿勢に驚愕(きょうがく)した」と指摘する。

    「戦機は今、3年後は不明」

    永野は昭和天皇に対米早期開戦を進言した。これは及川古志郎海相ら他の海軍首脳部にとって予想外のハプニングだった。それまで陸軍がソ連(当時)を、海軍は米国を仮想敵国として軍需予算を獲得してきたが「対米戦、とくに長期戦を戦う実力がないことは海軍首脳部や戦備の実態を把握している現場の将官たちの共通認識だった」と森山教授。さらに日米交渉における一番のポイントは中国本土からの撤兵問題だ。森山教授は「撤兵問題で日米が戦うのは愚かなことだという考えで海軍は一致していた」と言う。

     永野はなぜ早期開戦を主張したのか。米国から石油の供給が止まれば平和時2年、戦時1年半しか貯蔵がないため「日米間の軍事力の差が広がる前の有利なうちに、戦争した方がよいという考えだった」(森山教授)。

     昭和天皇から日本海海戦のような大勝利は難しいであろうと尋ねられると、永野は「勝ち得るや否やもおぼつかなし」と答えて天皇を驚かせたという。天皇側近の木戸幸一内大臣らは「あまりに単純」「捨てばちの戦い」と冷淡に批評した。多くの指導者層が木戸と同じく永野の主張を聞き流した。

     当時の日本は宮中、内閣、陸海軍らがそれぞれに組織利害を主張する分権的な政治体制だった。対米戦までの約1年半で、実に10回もの「国策要綱」が策定されている。激動する国際情勢に臨機応変に対応しようとしていたとみることもできるが「両論併記と決定を先送りする『非決定』が行われていた」と森山教授は分析する。

     日米首脳会談での解決に望みをかけていた近衛首相は米国側の会談拒否にあい、10月に退陣。代わった東条英機内閣は、昭和天皇の意をくんで外交と戦争準備を並行させる方針をいったんは白紙還元したが、結局は外交を打ち切って戦争へ向かっていった。

     永野は重要な会議で「戦機は今、3年後は不明」「英米を屈服させる手段は無い。結局は国際情勢の変化と国民の精神力による」などと繰り返した。

    (続きはソース)

    8/13(月) 12:31配信
    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180813-00010000-nkbizgate-bus_all

    ★1:2018/08/14(火) 23:54:02.85
    http://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1534344984/


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    1 砂漠のマスカレード ★ :2018/08/14(火) 06:52:59.27 ID:CAP_USER9.net

    成宮寛貴(35)が11日、自身のインスタグラムのストーリーズを更新して話題になっている。
    成宮は友人と2人で動画の加工アプリを使用し猫に変身、音楽に合わせて楽しそうな動画をアップした。
    はじめはノリノリな成宮も最後のほうでは我に返ったのか、すこし恥ずかしそうに照れ笑いする場面もあり、ファンの心をわしづかみにしたようだ。

    こうした成宮の元気な姿を見たファンからは、「照れてるクロネコナリ君かわゆす!ストーリーありがとう」
    「ノリノリからの照れ笑いがかわいっ!こんな感じの曲好き一緒に頭振っちゃう!ノリノリのナリ最高です」
    「ナリくん、可愛いノリノリbla*cat(=^ェ^=)最後に照れ笑いするとこが!楽しいストーリーありがとう」
    「ネコちゃんノリノリですね?!て、吹き出して笑ってる成宮くん大好き!可愛いなぁ」と喜びの声が多く寄せられていた。

    毎回様々な投稿でファンを楽しませている成宮。今回のようなお茶目な投稿はとくに人気が高いようだ。

    http://dailynewsonline.jp/article/1501114/
    2018.08.14 06:12 デイリーニュースオンライン


    (出典 image.dailynewsonline.jp)


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    (出典 livedoor.blogimg.jp)



    1 みつを ★ :2018/08/14(火) 10:25:09.34

    https://www.sankei.com/smp/premium/news/180814/prm1808140004-s1.html

    (2)初の訓練で着地失敗 「これに乗って*のか。ずいぶんと狭苦しい棺おけやな」
    人間爆弾「桜花」最後の証言2018.8.14 06:00

     昭和19(1944)年11月、鹿嶋の海軍神之池航空基地にある神雷部隊に配属された元上飛曹の佐伯(旧姓・味口)正明(91)=愛媛県西条市=が初めて、敵艦を一撃で仕留める新兵器を目の当たりにしたのは入隊翌日だった。

     まだ「桜花」という正式名称はなく、考案者の大田正一少尉から「○大(マルダイ)」、もしくは「K1(ケーワン)」という暗号名で呼ばれていた。

     銃剣を持つ番兵が警戒する格納庫に熊本・天草基地から一緒に配属された同僚と向かう。全長約20メートル、全幅約25メートルの一式陸上攻撃機の周囲に、数機のピンク色の桜花練習機が置かれていた。魚雷よりも一回り小さい。風防ガラスを開け、操縦席に座る。

     「これに乗って*のか。ずいぶんと狭苦しい棺おけやな」

     佐伯は同僚に話しかけた。

     雑誌で見た軍艦の後甲板から飛び出していく水上偵察機に憧れ、海軍飛行予科練習生(特別乙種1期)に入隊、操縦技量を買われ、教官となった。日本のため、天皇陛下のために厳しい訓練を重ねた熟練の腕を発揮することもなく戦*るむなしさに佐伯は落胆する。

     配属された200人の搭乗員は通常の戦闘機や水上機の操縦はできるが、エンジンもなくただ落ちるだけの航空機の経験はない。

     昭和20年の年が明け、着任した順に投下訓練が始まる。爆弾の代わりに先端に1200キロの砂や水を詰め込んだ桜花に乗り込み、降下しながら機体下部に付けられたそりで飛行場に滑空着陸するという難しい技術を要する。このため訓練中の着陸失敗事故が頻発していた。

     1月17日、佐伯の出番が来た。機体下部に桜花を搭載した一式陸攻に乗り込み、犬吠埼上空まで飛行、利根川の河口が黒く見えるなと思っていると、肩をたたかれる。「乗り込め」の合図だ。「棺おけのふた」と呼ばれた床の四角いふたを開け、ぶら下がるが、なかなか足が座席に届かない。低速とはいえ、かなりの速度は出ている。足を踏み外せば、そのまま下界に落下する。手が持つかと不安になった頃、なんとか足を伸ばし、操縦席に座ることができた。

     腰ベルトを締め、「落とすなら落とせ」の心境で下をのぞき、飛行場の位置を確認しようと、風防に顔を寄せた瞬間、「バン」と竹が弾けるような音がした。
    (リンク先に続きあり)

    ★1のたった時間
    2018/08/14(火) 08:01:10.19

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    【歴史】 人間爆弾「桜花」最後の証言 初の訓練で着地失敗 「これに乗って*のか。ずいぶんと狭苦しい棺おけやな」
    http://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1534201270/


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    (出典 img.horipro.co.jp)



    1 砂漠のマスカレード ★ :2018/08/12(日) 23:14:38.26 ID:CAP_USER9.net

    女医でタレントの西川史子が、12日放送の『サンデー・ジャポン』(TBS系)に出演。医療現場における女性の地位について言及した。

    東京医科大学が入学試験で女子受験生の得点を一律減点していた問題について西川は、5日放送の同番組で「当たり前です」と発言。
    東京医大に限らず「全部がそうです」とも語り、「上から採っていったら、女性ばっかりになっちゃうんですよ。
    女の子が優秀なので」と、足切りせざるを得ない現状を告発した。

    この発言に関し今回西川は、「勘違いしてもらいたくないのは、不正入試が正しいと言ってるわけじゃないんです」と説明。
    「医療現場の現状が『こういうことなんですよ』ということを言いたかった」と訴えた。
    また「古くからの男社会」とも語り、「私が医者になった時は女人禁制の科もあったんです。
    女性の更衣室もないぐらいだった」と回顧。「男の人優位の世界なんだよ」と繰り返し訴えていた。

    だがテリー伊藤は、「(医師を目指す女性の不当な扱いが)当たり前ということが分かってるんだったら、
    西川さんはどういうふうにした良いかということを発言しないと」と求めていた。 

    先週の西川の発言に触れたのが高橋真麻。6日放送の『スッキリ』で、
    「昨日別の番組のコメンテーターさんが、『結構あることですよ』と発言されていたんですけど、これ私の中では納得できないです」と語っていた。
    これを西川はちょうどオンタイムで視聴。真麻に電話をかけると、彼女から「不正入試は良くないねということを言いたかっただけです。
    だからまたご飯行きましょう」と言われたと告白。バトルを期待していた爆笑問題・太田光から「それじゃ困る」とたしなめられていた。

    http://news.livedoor.com/article/detail/15149764/
    2018年8月12日 17時33分 RBB TODAY


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    (出典 yoshiokuno.com)



    1 ばーど ★ :2018/08/13(月) 22:19:26.74

    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180813-00000007-sasahi-soci

    徳島市で12日に開幕した「阿波おどり」は、波乱の幕開けとなった。

    去年までは毎日最後に、1500人の踊り手がおどる「総踊り」がフィナーレとなる名物だったが、今年は突如、中止になった。

    このために毎年、初日は桟敷席はどこも満席となるのだが、今年は空席も見られた。
    総踊りが中止になった理由は、これまで報じられているように徳島市の遠藤良彰市長と阿波おどりの有名連
    (阿波おどり振興協会等に加盟する阿波踊り連33連のこと。卓越した技量を披露するこれらの連は、
    前夜祭や選抜阿波おどり大会などの大型イベントへ参加)をたばねる、阿波おどり振興協会が対立したためだ。

    そして総踊りが中止となったため、有名連が分散。4つの演舞場で踊る形に変更されたのだ。

    これまで総踊りは、阿波おどり期間中、南内町演舞場で午後10時から30分間、阿波おどり振興協会に属する1500人が
    太鼓、三味線、カネの音に合わせて一糸乱れぬ踊りを披露していた。

    だが遠藤市長は、「有名連が分散して踊れば、南内町演舞場以外のチケットも売れるはず。だから総おどりは中止する」
    との方針を打ち出た。しかし、阿波おどり振興協会の山田実理事長らはこれに強く反発し、こんな爆弾発言が飛び出した。

    「遠藤市長は、われわれとの話し合いにすら応じない。強権的な手法で中止を断行した。そんな市長を政治的な思惑で
    後押ししているのが、地元の徳島新聞と自民党有力国会議員。この問題の背後には阿波踊りの利権がある。
    このままでは引き下がれない。13日午後10時にわれわれの手で『総踊り』を復活させる」(同協会幹部)

    阿波踊りが開幕した12日に、山田理事長らが「遠藤市長にいじめられている、阿波おどり振興協会です」
    と観客の前でしゃべりだすと大きな歓声。

    「どこかで、総踊りができないかと考えている」と訴えると、拍手喝采で総踊りへの期待の大きさ、支持がうかがえた。
    開幕日には桟敷席からもこんな声が相次いだ。

    「総踊りを期待してきたが、ないと拍子抜け。わざわざ足を運んだのに…」

    「総踊りがないと聞いて、チケットを払い戻してほしかった。それができないからしょうがなく見に来たが、パッとしないな。
    総踊りをさせない徳島市の運営はおかしい」

    中止が決定している総踊り。阿波おどり振興協会がこだわるのは、理由がある。もともと、総踊りは南内町演舞場の
    集客が芳しくないと、徳島市などから相談を受けて、阿波おどり振興協会が独自に考えて、大きく発展させた経緯がある。

    それなのに開幕直前の8月10日、山田理事長ら阿波おどり振興協会の幹部のもとに、<安全、安心な阿波おどりの実施について(通知)>
    という文書が、阿波おどり実行委員会の遠藤市長から届けられた。

    <協会が総おどりと称する大規模なおどりを実施するとの情報を仄聞いたしました><大規模な踊りを実施することは、
    安全、安心に観点から様々な危険性が生じる><そういった事態を引き起こさないためにも、くれぐれも規律ある行動を>
    と釘を刺すように記されていたのだ。阿波おどり振興協会協会の山田理事長はこう激白する。

    「はっきり言うて、ブチ切れました。情報の出所も示さずに、ウワサ程度に聞いたからと公印まで押した文書をいきなり送り付けてくる。
    権力を笠に着るやり方ですよ。阿波踊りは日本の皆様がご存知の通り、踊る阿呆に見る阿呆が根本にあります。
    自由を謳歌できる、そういうお祭りなのです。この文書は、遠藤市長の許可なしに踊るなという警告、脅しです。
    ずっとわれわれはいじめられてきた。それでも耐えてきましたが、もう我慢も限界です」

    そして阿波おどり振興協会は急きょ、対応を協議。13日夜10時に「総踊り」を挙行することを決めたという。山田理事長は決意をこう語った。

    「総踊りとなるかどうかは別ですが、踊る阿呆に見る阿呆、阿波踊りの原点に立って踊りたい。遠藤市長に止める権限はありません。
    協会の有志で、これぞ阿波踊りと言われるものをお見せしたい」

    遠藤市長は、13日夜に総踊り決行との情報を聞き、緊急に会合を持ち、阿波おどり振興協会に中止するように申し入れている。

    13日夜が今年の阿波おどりの最大の山場となりそうだ。


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    https://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1534161446/
    1が建った時刻:2018/08/13(月) 15:52:49.69


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